女子と仲良くなれたかも委員会

2026-08-02 (2026-08-02)

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人とうまく話せないという感覚がよくわからない

もちろん話すのは面倒だし気分が良い時を除いては話しかけてほしくないが社交辞令のような会話ができないわけもなく適当に話している
学生の頃もそんな感じで誰とでも話せるが別に自分から熱心に関わりを増やすという感じでもなく人が来たら仲良くするという感じだった
そういうわけで人と仲良くなれたかもしれないが仲良くならなかったという機会がなく投稿された内容も共感できるものはほとんど無かった

とはいえ何故このようなことが起きるのかはなんとなくわかった
様々な属性を混同しまたそれに属しているがために卑屈になっているという大きな要因があるように感じた

例えば2次元コンテンツのオタクという属性は社交性に言及しない
もちろんオタクとコミュ障という属性に相関はあれど因果関係があるとはされていないだろう
それなのにも関わらず自身をオタクであるとの認識により恰もコミュニケーションに難があるとしてその思い込みから事実そうなっているように思う

私が0年代オタク的な嗜好つまり綾波や長門を好むことが私たらしめると深層で思っていてそうでない傾向のキャラクタを好きになることが難しいもしくは好きであると感じてもそれを偽であるように思ってしまうことに近いと感じる

属性を混同してしまっていると気づくことは簡単だが一度そのように感じた人生を暫く送ってしまっては私のように取り返しがつかなくなるのだろう
キャラクタの好みなら別に構わないが実生活のコミュニケーションにつながると生活に支障をきたすのも頷ける
別に生活が満足に送れなくても良いとは思うのだけれど当人がその状態を快く思わないのであればそれはなんとかしたほうが良いのだろう

本人が望む状態にあり続けるというのが私の思う幸福だから